2012年4月9日月曜日

Kosaka01 Of Schoolbirds


彼女からは、それまで歩んできたイバラの道は伺えない。

ナレーター「こさきん」こと小坂由里子。だいたいおおまかに30歳。OAのレギュラーと単発のVPで毎月10本以上。ナレーションだけで自立できているといえる。穏やかな中に、きりっとしたたたずまい。そして言葉が美しく自信があふれている。
そんな彼女からは、それまで歩んできたイバラの道は伺えない。

ゆるやかなスタート

「ナレーターになりたい」そう思い始めたのは20代後半からだった。カルチャーセンターのナレーション講座を皮切りに、いくつかのアナウンススクールを転々とする。その過程でMC司会、CATVのレポーター/キャスターの仕事をこなして行くが、どれもぴんとこない。ナレーションをしたかったからだ。ようやくナレーションスクールに巡り会うが、そこの同級生たちは「いつか花咲く」と皆で長い夢の中にい続けるばかりだった。そんなぬるま湯を抜け出し、スクール"バーズ"へ。


私は鳴いた場所であなたの顔を見て、私は何をすべきかを知らない

だが彼女がそれまでにつちかってきた読みは、講師たちから厳しい指摘に会う。そんな彼女は授業後、周りから慰められるくらいの存在だった。
『その時はやめようと思わなかった?』
「ボコボコでしたね(笑)でも辞めようとは少しも。アナウンススクールの時は、滑舌ひとつとってもひどかったんです。まともにしゃべれなかったんです。それを自分なりに克服してきたので。前を向こうって」


歌詞はあなたがすることができます私の誰かがすることができます

前を向いて進もうと心に決めていた。でもスクール"バーズ"の卒業を控えても、自分で営業していくことは恐かった。営業用のサンプルを作ろうとスタジオ"バーズ"の門をたたく。しかしカウンセリングでは、分かっているつもりだったビジョンのあいまいさが、浮き彫りになって行った。結局、自分を見つめ直すだけのサンプル収録になってしまった。意気込んでいただけに実はショックだった。
「ショックではあったんですが、それまでも自分を見つめてきたので、スタジオでのカウンセリングはスーと入ってきました。信頼は変わらなかったですね」
そこから彼女の本当の力が発揮されることになる。「自分と向き合いウソのない在り方」を追い求めた結果、振り切ったサンプルを作りあげた。
理由をつけては動かない自分を追い込むため退路を断った。すべての仕事をいったんゼロにして営業に向かったのだ。

営業開始


ジプシーの目は、mp3を泣いている時

だが…退路を断ったはずの営業活動も、恐怖を克服するための時間がかかった。しかしそこに飛び込むしかなかった。扉は勝手には開かないのだ。そのほとんどを準備に費やした後、恐る恐る制作会社の門をたたいてみた。
そこで彼女を待ち受けていたものは。冷たい門前払い。隣にいるのに避けられる。打ち砕かれそうになる心。知人の先輩ナレーターに営業途中に出会った。「こさきんちゃんは、こんなことしなくていいのよ~」哀れみの言葉の口元は歪んでいた。複雑な思いが塊となって頭をよぎる。

数社回ってみたものの…反応はなし。そんな前向きな彼女を見て、アトゥの狩野マネージャーがオーディションを振ってくれた。でも決まらない。意気込んでいただけに、不安がよぎる。「やっぱりナレーターは向いてないのかな…」

目覚めよと呼ぶ声が聴こえる

話はナレーターを目指すもっと以前。
カウンセラーを前にただただ泣く。それを繰り返していた。言いたいことすら分からない。言葉にできない。自分と向き合えなかった。だから泣くしかなかった。明るく元気なOLだった彼女を襲った鬱病。その病とともに華やかだったはずの、20代中盤の4年を過ごした。光の届かない深海を漂いながらゆっくりと沈んでいく。眠れない。気がつけば1日中、壁に向かって膝を抱えていた。果てしない病との戦いは、苦しみながら自分の心と向き合うことだった。


数えきれない自問自答の日々。心の奥にある扉がようやく開いた。そこにあったのは「話す仕事をしたい」だった。それまでは自分の言葉で『話すことを拒否』していたのにである。心が本当にやりたいことを確信してから、ゆるやかに病は快方に向かっていった。

いくつかのスクールを巡るなかで、「滑舌」は最大の障害となった。「長い鬱で顔が歪んでいたんです。ホントです(笑)だから上手く喋れなかったんです。でも徹底練習することで克服できたんです。滑舌で悩んでいる人がいたら『滑舌は"やればやっただけ"良くなるから!』とエールを送りたいですね」いまでは自信になった、その早口をサンプルに入れた。

甘酸っぱい果実

営業を始めて三ヶ月後。ようやく一本の仕事が取れた。それを機に、応援してくれる知人の紹介でまた一つ広がった。八ヶ月後、また一つ。そして1年3ヶ月後。隣にいるのに避けられた所から、仕事が来た。ゼロになって飛び込んで1年以上たったいま。思いを持ち続けたナレーションの仕事が豊かに広がっていた。


『不安な気持ちの時、これは誰にでもあると思うんですが、どうして辞めなかったんですか?』同じ質問を再度投げ掛けた。
「何度考えても、本当にやりたいことはナレーションしか思い浮かばなくって。自分と向き合って出した答えにブレなかったんです。だから辞めたとしても、やることがなかったんです(笑)」
『病気のことは書いてもいいんですか?つらい記憶だったと思うんですが…』
「鬱を克服して、ここまで来たことが自信になったんです。そして私の経験を伝えることで、誰かの役に立つのであれば」

彼女の言葉は強く優しい。だから美しいのだ。

この文章は2010年8月5日配信のナレーターメルマガを転載したものです。
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