2012年4月13日金曜日

Don't Trust Under 30.:HIP HOP



夢と消えたTHE FUGEESの再結成。その再結成が流れた事については残念だが、ワイクリフ・ジョンはその時の為に温めておいたアイディアを全て注ぎ込んで、こんな凄いアルバムを作り上げてしまったのだから、残念ではあるが、非常に嬉しいという微妙な気持ちですね。ただTHE FUGEESの再結成を望んでいるのは大半がローリン・ヒルのファンなわけで、ワイクリフが素晴らしいアルバムを作ったとしても喜ぶ人は少ないかも知れません。しかし、もしローリンが本気になっていたなら、おそらく「The Score」以上の大傑作が生まれていた事は間違いないでしょう。そのくらいこのアルバムの出来は素晴らしい。
さて今回のアルバムの最大の話題は1997年にリリースしたワイクリフの1stソロ・アルバム「The Carnival」(左写真)の続編という事だ。実は自身の最大のヒットとなる300万枚以上の売上げを記録したあの1stアルバム以降、ワイクリフのアルバム・セールスは右肩下がりだったそうで、どこかのインタヴューで読んだときにアルバム「The Preacher's Son」「Welcome To Haiti:Creole 101」は「売れなかったんだから失敗作だ」という発言をしていたのが結構衝撃的でした。普通よくミュージシャンが言うのは「売れなかったけど、あれは今でも気に入ってるよ」的な発言ですが、ワイクリフの場合は「売れなかった=失敗作」という図式になっているのです。厳しいミュージック・ビジネスでサヴァイヴしてきた音楽プロデューサー、ワイクリフならではの視点ですね。移民出身のワイクリフにとってはそこまでシビアにならないと生き残っていけなかったわけです。
そういや1997年のアルバム「The Carnival」には「feat. Refugee Allstars」という表記があって、エグゼクティヴ・プロデューサーにはプラズローリンの名前もしっかり表記されていましたが、今このアルバムにはRefugee Allstarsのメンバーは誰一人いません。あのアルバムからわずか10年で一線で活躍しているのがワイクリフ以外いなくなってしまったという現状も非情ですね。ジョン・フォルテとか、どこいったんだ?

さてこの新作。タイトルは堂々の「The Carnival Vol.

なぜbeserkを教えて
Ⅱ」
。このタイトルからもワイクリフの並々ならぬ意気込みが感じられます。「原点回帰」という意味においても「セールス」という意味においても、彼は一度この「The Carnival」というアルバムに戻らなければならなかったんでしょう。

今回のアルバムにテーマを付けるとすればおそらく「移民の文化」、もしくは「混血の文化」といったところでしょうか。まさしく異文化の融合という言葉がピッタリくるアルバムだ。自身もハイチ難民2世であるワイクリフ。その彼が今までに経験した事を踏まえた上での社会的なリリックを全面にフィーチャーし、そして各曲ごとに豪華なゲストを招いています。

何と言っても素晴らしいのは全編に渡る楽曲単位の完成度。最近のヒップホップのアルバムなんてシングル曲以外はたいがい捨て曲が多いですが、今作は別格。どの曲を取っても全てシングルカット出来て、しかもヒットが狙える曲ばかりです。しかもかなり揺れ幅の大きいバラエティ豊かな(豊か過ぎる)曲ばかり。どの曲も考え� ��かれた曲ばかりで怖ろしく完成度が高い。このアルバムに対するワイクリフのハンパない情熱がヒシヒシと感じられます。

それでは、楽曲紹介といきましょう。


音楽は、ハムスターを傷つけることができますか?

イントロに続き、登場するオープニング・ナンバーRiot。不穏なギターリフをバックに登場するのは何とSystem Of A Downサージ・タンキアン(右写真)、そしてラスタファリの神童シズラ。ロック界とレゲエ界から強烈な個性を持ったクセモノ2人が揃い踏みという異色の組み合わせ。アメリカにおいてはサージもアルメニア人2世という出自を持つ所謂「異文化」の人間だし、シズラもラスタという「異文化」の人間だ。緊迫感を増していく世界の姿を歌っています。ギターリフは何とあのアイアン・メイデンNo More Liesのギターリフのサンプリング!おそらくはサージのアイディアかと思われますが、No More Liesというタイトルも含めてのサンプリングでしょう。ここでアイアン・メイデンについて私に語らせると大変長くなってしまうので止めておきますが、この曲は2003年のアルバム「Dance Of Death」に収録されています(正直最近のは全然分かりませんけど)。このロック・テイストなトラックでワイクリフも含めた3者が凄いコンビネーションを見せてくれます。途中でレゲエ・ビートが飛び出しますが、ここでシズラを使わず、ギターの響くトラックで歌わせているのはなかなか新鮮。サージは相変わらずのオペラティックな歌と早口なラップを自在に駆使したヴォーカルを見せていて不気味です。3者が3様に存在感を見せ付けていますね。曲としてもかなりカッコよく仕上がっています。


"とあなたは私の赤ちゃんが必要な場合あなたは私を見つけることができます。"

1曲目の重厚なロックなナンバーから一転、哀愁のある女性のコーラスにアコースティックなギターが印象的なSweetest Girl (Dollar Bill)。先行シングルとして既にヒットを記録している曲ですが、登場するのはエイコンリル・ウェイン。もはやこのメンツという時点でヒットな約束されたようなもんですが、曲としても非常に良い。この曲が一番ラジオ・ヒットが望めそうな曲ですね。ワイクリフのアコースティックな優しいメロディに、女子受け抜群のエイコン(左写真)のヴォコーダー・ヴォイスに、男前リル・ウェインのラップ。完璧です。特にエイコンの働きは素晴らしいです(彼もセネガル出身という異文化の人間だ)。皆がエイコンに求める期待に120%応えたような、まさに「らしい」働きをしています。フロア受けもラジオ受けもかなり良さげな曲ですが、歌詞の内容はかなりシリアス。金の為に生きる1人の女性を歌った内容で、金が支配する世の中を自虐的に歌ったコーラス部分が、なかなか風刺的。ちなみにコーラス部分では「ウータンが言った通りに言ってやるよ。俺の世界は全て金が支配しているのさ。歌うんだドル札万歳と」というWu-Tang ClanのクラシックC.R.E.A.M.の引用になっています。PVの方もなかなかシリアスな作りになってます。


続くWelcom To The Eastは個人的にこのアルバムのベスト・トラック。ヴァイオリンの旋律が耳を惹くアラビックなトラックに、ワイクリフの「極東の王者に敬意を」というシャウトアウトと共に、前述のオープニング・ナンバーに続いて再びシズラが登場。昨年もアルバム「I-Space」をリリース、1年に3~4枚の新作を出すという驚異のペースを保っていて、まだまだその恐ろしいまでのヴァイタリティは止まるところを知りません。アメリカでは以前にDef Jamと契約し話題となったシズラだが、結局そのDef Jamからはアルバムはリリースされず2006年にデイモン・ダッシュKochからアルバム「The Overstanding」をリリース。そして最近はタリブ・クウェリの「Ear Drum」にも参加していたりと、ラッパーの作品にフィーチャーされるようになってきてますね。この曲はそんなシズラの貫禄のDeeJayをじっくりと堪能出来る素晴らしいナンバーになっています。加えて、かなり耳を惹くヴァイオリンを演奏しているのがネイション・オブ・イスラムの指導者ルイス・ファラカーン。この人がヴァイオリンの神童と言われているのは有名な話だが、このラスタとイスラムという異文化を混ぜ合わせ、なおかつラジオ・ヒットも十分に狙える曲として仕上げたワイクリフの手腕には脱帽です。マジで名曲!

続いてはサウスのキング、T.I.を迎えたSlow Downワイクリフの歌う優しいメロディと掛け合いでT.I.がラップをどんどん繋げていくナンバー。もはやサウスのキングからヒップホップのキングにまでのし上がったT.I.が得意の歌うようなフローを見せてくれています、この曲もヒット・ポテンシャル高し。現在絶賛自宅軟禁中(保釈金は300万ドル!)ですが、悪びれることなく堂々とした警察&FBI批判を展開しています。正直、この曲はT.I.でなくとも、The Gameとかでも十分に機能しそうな曲だとは思うんですが、ワイクリフは意外にもサウス以外のラッパーとのコラボレーションが少ないですね。


さて次はHips Don't Lieの再来!ャキーラワイクリフのコンビによるダンスホール・チューンです。間違いなくあの特大ヒットがなければ生まれなかったであろうこのKing & Queen。この曲だけに関しては、政治的な歌詞はナシで、恋愛ネタで突っ切ります。結構シリアスな歌詞の内容の多いアルバムの中において、Hips Don't Lie以上に内容の無い曲ですが、アルバムの流れを考えたら、こういうダンス・チューンも必要ですね。シャキーラの声も女王の風格が出ていてなかなかイイです。ワイクリフも調子に乗って「俺にはシャバ・ランクスのフローが備わっているぜ」なんて言っちゃってます。またディスられるぞ。

まだまだ豪華なゲストが続きます。Fast Carは異色のコラボ。何とポール・サイモンが登場。この曲が2ndシングルです。物悲しいアコースティック・ギターに車の急ブレーキ音が何度も挿入されるこの曲で歌われるのは「車に関わる死」。すぐにポール・サイモンだと分かるくらいのメロディなんですが、このメロディラインはワイクリフが作ったのかな?TLCに憧れる少女や、独身最後の夜をパーティで祝っている男などの悲しい死のストーリーに、ポール・サイモンが歌うメロディがハマっています。2006年のアルバム「Surprise」も素晴らしかったし、まだまだ現役の力を証明していると言っていいでしょう。余談ですが、ポール・サイモンは個人的にジェイムズ・テイラースティーヴ・アールと共に外見が「残念なこと」になっている人ベスト3なんですが、寂しいのはその外見だけで音楽においてはまだまだ絶倫です。


さて次のWhat About The Babyは皆お待ちかねのコラボレート。新作「Growing Pains」も絶好調のメアリー・J・ブライジの登場です。911のようなシリアス路線か?それとも逆にダンス・ナンバーか?どの路線でくるか不安と期待の中、堂々たるミディアム・ソウルで攻めてきました!ワイクリフの浮気が原因の夫婦喧嘩で警察沙汰になり家の周囲50フィート以内に立ち入り禁止になった時の心境を歌っている何とも情けない内容ですが、曲としてはめちゃくちゃ良いです。メロウな前半から、感情の高まりが爆発する後半などとても素晴らしい仕上がりです。メアリーのソロ・パートもじっくり挟み、姉さん得意のシャウトもバッチリな曲で、メアリー・ファンにとっても大満足な曲でしょう。個人的にこの曲は、再結成THE FUGEESの新作用に作られたんじゃないかと思っているんですがどうでしょうかね?メロディラインもどこかローリンを意識したような気も。まあ今のローリンがこの曲を歌っていたらと思うと不安でいっぱいになりますが・・・。

・・・おっと長くなりすぎた!でもまだまだ素晴らしいナンバーが続く「The Carnival Vol.Ⅱ」

後半は次回紹介!
 



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